11 Aug
11Aug

「実家はどこ?」「故郷は?」と聞かれた場合、自分はふつう「東京の青梅」と答えるようにしている。こういうと青梅で生まれ育ったと思う人が多いようだけれど、実は青梅は出生地でも、子供時代の大半を過ごした土地でもない。

青梅はかつて祖父母が、現在は両親が住む街だ。そういう意味では故郷と言っても、それほどはずれでないと思う。けれども実際に生まれたのは青梅から9キロメートルほど離れた昭島の病院だし、青梅には3才になるまでいただけだ’(ただし中1の夏休みに再び青梅に戻ってきて高校3になると再び杉並に引っ越した)。

人は親を選ぶことができないように、出身地を選ぶことはできない。けれども「第二の故郷」を選ぶことは可能だ。ニューヨーク州ポキプシーは、自分にとって「第二の故郷」と呼べる街だ。今回、そんな場所でグループ展に参加できて不思議なつながりを感じる。


自分のhousescape paintings(家景画)シリーズは、2014年、このポキプシーを偶然訪れたことから始まった。最初に訪れた時、正直、この古くさい街には何も期待していなかった。ささやかな夏休みとして、メトロノース鉄道ハドソン線の終点まで行ってみよう、ただそれだけの動機だった。けれども駅を降りて街を歩いた途端、僕は一瞬で街に魅了された。街全体がまるで歴史のテーマパークのようだった。テーマパークと違うところは、どれもタダで見ることができ、しかもすべて現実世界で機能している点だ。例えば18世紀、アメリカ建国前に建てられた教会が街の中に人々の日常の一部として普通に存在している。19世紀から20世紀前半、つまり100年以上前に建てられたと思われるビクトリア様式やコロニアル様式の民家の数々。その数が半端でない。そこだけ時間が止まっているようだ。決して治安が良いとは言えない場所で(というかかなりやばい場所が多かった)僕は取りつかれたようにiPadで写真を撮りまくった。

 あれから4年。自分が、ポキプシーのBarrett アートセンターのグループ展「PUSHING PAPER(押し出る紙。paper pushing と言えば「事務処理」の意味)」に参加するため再びこの街に戻ってくるなど想像すらできなかった。本当に人生は予想外の展開に満ちている。

展覧会には学生からプロまで様々なアーティストが参加していた。またレセプションも、スノッブで騒々しい大都市のそれと違って、アットホームな雰囲気に溢れていた。僕は地元の人たちや参加アーティストたちとの気軽な会話を楽しんだ。それは、このような地方のグループ展でないと絶対に会う機会のない人々との短い交流だった。今回のキュレーションを担当したのは中国系のアーティストだったけれど来場していた参加アーティストにはアジア系はほとんどいなく、自分は唯一の日本人だった。 

レセプションが終わると僕はお気に入りのバー&レストラン「Mill House Brewing Company」に行った。名前の通り地ビールの醸造所が経営している店で、ビールに合う料理が多く、味もいけて、しかも値段も手頃。マンハッタンの同質の店と比べたら3割は安いと思う。 店員もフレンドリーだ。

店内は土曜日で結構混んでいたけど、幸いにもカウンター席をすぐに見つけることができた。僕は生ビール(種類は忘れた。たぶんIPAだったと思う)とソーセージの炒め物を注文。どちらも美味しかった。隣で一人で飲んでいたのは自分とほぼ同年代と思われる地元の男性。世間話や最近の医療費の高騰などについて話した。それと入れ替わるように今度は3人の子供を連れた若い夫婦が席についた。テーブル席がいっぱいで、カウンター席にやってきたようだ。僕はまだ30代前半と思われる若い奥さんといろいろ話をした。「3人も子供がいて大変ですね。僕も同じような年頃の娘が一人いるけど、一人でも大変なのに・・・・」などなど。彼女たちはニューヨーク州北部から出てきて、これからマンハッタンに向かう途中なのだけれど、電車を逃したか何かで、今こうして食事をとっているという。日頃自分はあまり社交的な人間ではない。職場で同僚と雑談することも少ない。でもここポキプシーに来ると、自然に他人と話ができてしまうから不思議だ。

なんとなく心もお腹も満たされた僕は、店を出ると、2時間あまりの帰路についた。

コメント
* メールはウェブサイト上に公開されません。